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ファイポン村「日本兵士鎮魂之塔」

2012年07月09日
ファイポン村「日本兵士鎮魂之塔」
タイ北部メーホンソンから国道108号線を南下してクンユアムの町に行く途中のファイポンという村に、タイ風の祠を備えた慰霊碑が建っている。慰霊碑には「日本兵士鎮魂之塔」と刻まれている。

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第二次世界大戦のインパール作戦で敗走した日本兵が兵站基地、野戦病院のあるクンユアム、そしてチェンマイを目指した道で、力尽きてしまった無数の兵士達の遺体が道に転がり白骨街道と呼ばれるようになった。戦後、慰霊碑の後ろに広がる田地からは多くの日本将兵の遺骨が発見されたそうだ。

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「日本兵士鎮魂之塔」


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「二〇〇〇年十一月吉日 倉敷有志建立」

この慰霊碑は元日本陸軍憲兵隊通訳の永瀬隆さんが建立した。永瀬氏はこの地のほかにも、映画「戦場にかける橋」の舞台にもなったカンチャナブリーをはじめ、タイ各地に慰霊碑や寺院を建立している。

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散乱していた木の枝や落ち葉を掃除したあとは、持参の線香と火をつけたタバコを供えて合掌。嬉しかったのはタイ人の運転手さんが掃除を手伝ってくれたり合掌を一緒にしてくれたり。相場より高い金額を要求する運転手も多いのに、チップすら要求せずに最後までよくしてくれた運転手さんに感謝です。

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第二次世界大戦時、旧日本軍は東南アジアに広く進軍しており、タイ国内でも数多くの旧日本軍の残した歴史の足跡を見つけることが出来ます。このブログでは過去に訪れた旧日本軍の足跡を少しずつ紹介していきたいと思います。


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タイ・ローイ島 【2アイラ】

2012年07月09日
ローイ島(チョンブリー)

タイの首都バンコクから車で約2時間。チョンブリー県のシーラチャに位置する小さな島。ローイ島までは橋が架かっているので徒歩や車で渡ることができる。島内には中国風のお寺や小さな動物園、タイ人好みのローカルシーフードレストランが立ち並び、シーチャン島行きのボート乗り場などがある。夕方や休日は地元タイ人の憩いの場となっている。

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渡島記

グーグルマップを頼りにバンコク近郊でしっかりと島に名前が付けられていて、尚且つ上陸できそうな島を探してみたところ、バンコクから一番近い島がチョンブリー県シーラチャにある「ローイ島」でした。夜の高速道路を飛ばしシーラチャの町で一泊。(夜の行動は番外編にて)翌日は炎天下の下、シーラチャ中心部から少し離れたローイ島に向かう。

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島への入り口にある時計塔

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ローイ島まで架かる橋の両側に出店が並んでいるが、海とはまるで無関係のタイではありふれた店しか並んでいない。海がこれほど近いのに(むしろ橋の上なので海上)魚介類の店がが見当たらない。これがもし日本なら地元の漁師さんの直営店があったり、仮に北海道だとすると、ホタテのバター焼き、イカ焼き、ツブ貝焼き、生牡蠣、北海シマエビの刺身、ホッケの開き、毛ガニ、焼きタラバ、バフンウニ、すすきの!ああああああああああーー北海道に行きてーーー!!!

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ローイ島上陸まであと少しのところで射撃ゲームの店を発見。よく祭りなどで見かけるおもちゃの鉄砲。早速チャレンジ。40バーツ(約120円)の投資でぬいぐるみ2個GET。なかなかの収穫です。お次はダーツの店に。島よりもゲームに熱中。。

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島の先端にあるボート乗り場

ローイ島に上陸。ゲームの余韻で感動まるでなし(泣)シーチャン島行きのボート乗り場に到着。シーチャン島行きの船は1日に何便も出ているそうだが時間がないので諦めた。

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チェ・ゲバラのイラストがカッコいい。


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島の先端から陸地を望む


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島の先端にある建造物。

島の先端にある建造物。岸壁に海上警察の船が係留していたので海上警察に関係する施設だと思う。一階スペースがほぼ吹き抜けになっているのは高波避けだろうか。建物付近は釣りスポットにもなっていて夜は釣り人で賑わうそうだ。アジがよく釣れるらしい。有料トイレ(約10円)もあった。

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海上警察の船

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岸壁で網を掬っているおじちゃんがいたのでバケツの中を覗いてみた。そこそこ収穫はあるようだ。たまにイカも網にかかる言う。刺身用に一杯100バーツ(約300円)で譲ってもらう交渉成立。期待して見ていたが収穫はなかった。

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島の東側は中国風のお寺などがある。派手派手なタイや中国の寺院には全く興味がないので迷わずスルー。後から知ったが小さな動物園や子供向けの遊戯施設もあるそうだ。

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島の西側は海沿いにローカル・シーフードレストランが立ち並ぶ。


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シーフードレストランの中

シーフードレストランはタイ人客で賑わっていた。欧米人を中心に外国人観光客で賑わうパタヤビーチとは対称的な光景だ。メニューもタイ語のものしかなかった。価格は日本と比べると驚くほど安い。

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タイで一般的な生牡蠣の食べ方。カリカリに揚げた玉ねぎ(店によっては揚げニンニク)ピリ辛のつけ汁(ナムチム)食あたり防止に効果があるという草(和名 ミズオジギソウ)これらを生牡蠣と一緒にスプーンにのせ一口で食べる。因みにタイで何度も食あたりになっているが、この草の効果なのかタイで生牡蠣を食べてあたったことは一度もない。

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テーブルクロス(カーペット)はよく見るとドラえもんだ。


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ローイ島の帰り際、欧米系の団体が突如現われ写真を撮りまくって去っていった。

ワット・サワーンバントゥーンの慰霊碑

2012年07月09日
ワット・サワーンバントゥーンの慰霊碑
チェンマイ市内から国道107号線を北に進み、メーリムの町の少し手前にあるサワーンバントゥーン寺の境内の一角に太平洋戦争で亡くなられた日本兵戦没者の慰霊碑とお地蔵さんがあります。

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祈り   
人と人との殺し合いがいつの
日かなくなりますように
憎しみあうことなく助け合う
世になりますように
世界の平和を守りゆく人と
なりますように
          合掌


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チェンマイ市内から国道107線をまっすぐ進むと軍用地が見えてくる。その長く続く軍用地の終わりから最初に見えるお寺が「ワット・サワーンバントゥーン」である。(新明天庵さんのブログを参考にさせていただきました)

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境内の一角にある慰霊碑とお地蔵さん。この慰霊碑とお坊さんはチェンマイ在住の日本の年配女性の方が「人と人が殺しあう戦争が2度と起こらないように」との願いを込めて建てられたそうです。境内、そして慰霊碑のまわりは清掃が行き届いている。この寺のお坊さんが掃除をしてくれているのであろう。感謝です!

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このお寺のあるメーサー地区は、かつて旧日本軍の駐屯地などの軍事施設があったとされており、お寺の近所には、当時の日本軍兵士のことを知るお年寄りの方も住んでいるとのこと。毎年、お盆の時期には慰霊祭が行われ、地元の方や日本の方が参列しているそうだ。

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持参の線香を供え仏様にも合掌をしてメーリムを後にしました。

第二次世界大戦時、旧日本軍は東南アジアに広く進軍しており、タイ国内でも数多くの旧日本軍の残した歴史の足跡を見つけることが出来ます。このブログでは過去に訪れた旧日本軍の足跡を少しずつ紹介していきたいと思います。

国民党残党の村「メーサロン」

2012年07月08日
国民党残党の村「メーサロン」

メーアイの慰霊碑

2012年07月08日
メーアイ

クンユアム「タイ日友好記念館」

2012年07月08日
タイ日友好記念館が完成!訪ねてきました。

クンユアム(ムワイトー寺)

2012年07月08日
ムワイトー寺

クンユアム「トーペー寺」

2012年07月08日
日本人慰霊碑

国民党残党の村「パータン」

2012年07月05日
タイ最北チェンライ県のラオス国境近くに位置するプーチーファー山(日本語で天空を指す山)は、ご来光と雲海で有名な神秘的スポット。このあたりはタイとラオスの国境がメコン川ではなく、山の稜線などによって引かれている場所で、中国から移住してきたさまざまな民族が暮らしている。
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